今日なんとなく京都の説明会へ車で行ってみた。
高速を80KMで走る。
いつもは100KMで走るんだけど…
単純な話しで時速100で走れば
時速50で走る道のりを30分で
走れる。
しかし、高速で100で走るのと80で
走るのにはそれ程差があるのかな?!
80で走ってると、いろんなことを考え
たり、夕日が綺麗だなーとか思ったり
普段は見えないことが一杯見える気がする。
時間も使い方かなって思った。
2009年6月21日日曜日
2009年6月19日金曜日
2009年6月16日火曜日
読み返してみる本
ノベルク・シュルツの「実存・空間・建築」を
読み返してみる。
最初読んだときははっきりいってナニを言っているのか
さっぱりわからなかった。
しかし、「都市のイメージ」や色々な本を
読んだ後これを読み返してみると、
様々なことがわかってきた。
まず空間を階層的に分断する。そこには下位から
実用的空間、知覚的空間、実存的空間、認識的空間、
抽象的空間となる。
著者は実存的空間を建築的空間に置き換えることにより、
新たな建築空間の認識を得られるといっている。
実存的空間とは簡単に言ってしまえば、私たちが見たり
感じたりする空間と物理などでモデル化された空間との
間に位置するものである。さらに自己の感覚から近いものほど
幾何学されたイメージで遠くなればそれはトポロジーの認識に
変わっていく。
そのような実存的空間を建築空間にどのように
変えていくかはこの先を読んでみたいと思う。
読み返してみる。
最初読んだときははっきりいってナニを言っているのか
さっぱりわからなかった。
しかし、「都市のイメージ」や色々な本を
読んだ後これを読み返してみると、
様々なことがわかってきた。
まず空間を階層的に分断する。そこには下位から
実用的空間、知覚的空間、実存的空間、認識的空間、
抽象的空間となる。
著者は実存的空間を建築的空間に置き換えることにより、
新たな建築空間の認識を得られるといっている。
実存的空間とは簡単に言ってしまえば、私たちが見たり
感じたりする空間と物理などでモデル化された空間との
間に位置するものである。さらに自己の感覚から近いものほど
幾何学されたイメージで遠くなればそれはトポロジーの認識に
変わっていく。
そのような実存的空間を建築空間にどのように
変えていくかはこの先を読んでみたいと思う。
2009年6月14日日曜日
武田尾 廃線
昼から武田尾の廃線をめぐるハイキングコースを
歩いた。3時間という道のりを歩いたが、
たいして疲れることもなく楽しかった。
コースはトンネルが4つあり、鉄橋もあり、
変化に富んでいて飽きさせることのないものだった。
また回りの自然も雄大で感動できるものだったが、
残念なことに武庫川があまりにも汚かった。
川の汚染はいったいどこから始まるのだろうか。
三田には工場地帯がある場所があり、そこの近く
に武庫川が流れているが、まさか未だに工場から
汚染された水が垂れ流しになっているとは
考えにくい。それとも三田市民などが使う
生活排水が流れ込んでいるのだろうか。
それだとしたら…
身近なところから自然環境を考えていく
大事さを痛感した。
歩いた。3時間という道のりを歩いたが、
たいして疲れることもなく楽しかった。
コースはトンネルが4つあり、鉄橋もあり、
変化に富んでいて飽きさせることのないものだった。
また回りの自然も雄大で感動できるものだったが、
残念なことに武庫川があまりにも汚かった。
川の汚染はいったいどこから始まるのだろうか。
三田には工場地帯がある場所があり、そこの近く
に武庫川が流れているが、まさか未だに工場から
汚染された水が垂れ流しになっているとは
考えにくい。それとも三田市民などが使う
生活排水が流れ込んでいるのだろうか。
それだとしたら…
身近なところから自然環境を考えていく
大事さを痛感した。
2009年6月9日火曜日
4度目のW杯
6月6日にサッカー日本代表が4回連続4度目の
W杯出場を決めた。
一人で観戦していて、アジア最終予選でもまだ
レベルの低い審判が笛を吹いている現状に
アジアのレベルもまだまだこれからだな
と感じざるをえなかった。
今日の日経新聞、春秋の欄にこのような
ことが書かれていた。要約すると、
ワールドカップに決まったのに国民がそれほど
騒いでいなかった。これはWBC(ワールドベースボール
クラシック)が国際舞台としてお株を奪ったから
だろう。米国勢すら破り世界一が2回。イチローを
はじめ、個性的自分らしく振舞う選手も増えた。
野球人気が巻き返しつつある。サッカー日本代表も
頑張って欲しい。
確かにWBCは自分自身も非常に興奮し、感動したことは
認めるが、この記事には納得できない部分がある。
まず、国民が騒いでいなかったことは確かに残念では
あるが、国民がW杯出場は当たり前と考える
くらいの意識になったのではないだろうか。
W杯出場は非常に難しいことであると思うが、それを
当然と考えるようになるまでレベルを上げた
日本代表をもっと賞賛するべきだ。
次にWBCは本当に世界1を争っているのかサッカーW杯に
対する各国のモチベーションの高さは、野球のそれとは
かなり異なると感じられる。球団側、選手が出場を渋る
ことはサッカーでは考えられない。まだまだ
WBCの権威は低いのに対して、W杯はチャンピオンズリーグ、
EUROなどと比べても遜色ないくらいレベルの高い大会である。
最後に野球選手が世界で個性的に振舞えることが多くなってきた
と書かれている。スポーツ選手の個性とはグランドレベルでしか
評価できないと思う。つまり、世界一の選手であるイチローが
個性的に見えるのは当たり前であり、逆に世界のクラブチームで
まだまだ活躍できない日本のサッカー選手が個性がなく見える
のはしかたないのではないだろうか。
とにかくオーストラリアくらいには勝ってW杯4強を目指して
もらいたい。
W杯出場を決めた。
一人で観戦していて、アジア最終予選でもまだ
レベルの低い審判が笛を吹いている現状に
アジアのレベルもまだまだこれからだな
と感じざるをえなかった。
今日の日経新聞、春秋の欄にこのような
ことが書かれていた。要約すると、
ワールドカップに決まったのに国民がそれほど
騒いでいなかった。これはWBC(ワールドベースボール
クラシック)が国際舞台としてお株を奪ったから
だろう。米国勢すら破り世界一が2回。イチローを
はじめ、個性的自分らしく振舞う選手も増えた。
野球人気が巻き返しつつある。サッカー日本代表も
頑張って欲しい。
確かにWBCは自分自身も非常に興奮し、感動したことは
認めるが、この記事には納得できない部分がある。
まず、国民が騒いでいなかったことは確かに残念では
あるが、国民がW杯出場は当たり前と考える
くらいの意識になったのではないだろうか。
W杯出場は非常に難しいことであると思うが、それを
当然と考えるようになるまでレベルを上げた
日本代表をもっと賞賛するべきだ。
次にWBCは本当に世界1を争っているのかサッカーW杯に
対する各国のモチベーションの高さは、野球のそれとは
かなり異なると感じられる。球団側、選手が出場を渋る
ことはサッカーでは考えられない。まだまだ
WBCの権威は低いのに対して、W杯はチャンピオンズリーグ、
EUROなどと比べても遜色ないくらいレベルの高い大会である。
最後に野球選手が世界で個性的に振舞えることが多くなってきた
と書かれている。スポーツ選手の個性とはグランドレベルでしか
評価できないと思う。つまり、世界一の選手であるイチローが
個性的に見えるのは当たり前であり、逆に世界のクラブチームで
まだまだ活躍できない日本のサッカー選手が個性がなく見える
のはしかたないのではないだろうか。
とにかくオーストラリアくらいには勝ってW杯4強を目指して
もらいたい。
2009年6月8日月曜日
積水ハウス
今日は13時から積水ハウスへ
ハウスメーカーと建築家の違いは何なのか?
現代建築はコルビジェやミースが郊外の戸建て住宅を
設計して発展してきた。特にコルビジェはドミノシステムなど
量産できる家を構想し、実際その後規格化された部材による
大量住宅供給の時代が始まる。
日本では戦後住宅不足により政府主導で多く団地が
国民に供給されてきた。このような歴史で住宅メーカーは
今どのようなポジションにいるのか。
住宅メーカーは営業と設計が分かれており、またオーダーメイドを
売りにしてはいるが、ある程度システム化された住宅を建設する。
また建物も時代を読むのではなく、施工主のニーズになるべく
答えようとする。
それと比べて、建築家は時代性から逃れることは
できないだろうが自分の考えを少しでも建築に取り入れようと
するのではないのだろうか。
しかし、両者に共通していることはいかにして住宅を
通して人を幸せにできるかではないだろうか。
大量住宅消費の時代は終わりを迎えると思う。これからは
リフォームや中古住宅市場がより重要になってくるだろう。
その中で、住宅メーカーはどのような展開をしていくのか。
そんなことを考えながら説明会に参加していた。
ハウスメーカーと建築家の違いは何なのか?
現代建築はコルビジェやミースが郊外の戸建て住宅を
設計して発展してきた。特にコルビジェはドミノシステムなど
量産できる家を構想し、実際その後規格化された部材による
大量住宅供給の時代が始まる。
日本では戦後住宅不足により政府主導で多く団地が
国民に供給されてきた。このような歴史で住宅メーカーは
今どのようなポジションにいるのか。
住宅メーカーは営業と設計が分かれており、またオーダーメイドを
売りにしてはいるが、ある程度システム化された住宅を建設する。
また建物も時代を読むのではなく、施工主のニーズになるべく
答えようとする。
それと比べて、建築家は時代性から逃れることは
できないだろうが自分の考えを少しでも建築に取り入れようと
するのではないのだろうか。
しかし、両者に共通していることはいかにして住宅を
通して人を幸せにできるかではないだろうか。
大量住宅消費の時代は終わりを迎えると思う。これからは
リフォームや中古住宅市場がより重要になってくるだろう。
その中で、住宅メーカーはどのような展開をしていくのか。
そんなことを考えながら説明会に参加していた。
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